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昭和39年(1964年)6月16日、午後1時すぎ、新潟県の粟島南方沖を震源とするM
7.5の大地震が発生した。「新潟地震」である。この地震は新潟、秋田、山形の各県を中心に被害があり、死者26名、家屋全壊1960戸、半壊6640戸、浸水15298戸などとなったものである。その他船舶・道路の被害も多かった。
新潟市内では「傾いたビルからの火災発生」「昭和大橋の橋桁落下」「一昼夜以上にわたって燃え続けた昭和石油のタンク」「土台ごとひっくり返った県営アパート」「水浸しの空港」「信濃川の大逆流」「国体競技場施設の崩壊」といった惨状を呈した。
新潟国体が一週間ほど前に終了したばかりであり、もしも期間中であったなら、大混乱になることが予想され、不幸中の幸いというところであった。この地震では予想以上の流砂現象がみられた。また津波が発生し日本海沿岸一帯を襲い、新潟県沿岸では波高4mに達した。そして震源付近の粟島が約1m隆起した。
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